12 March 三月十二日 ○ついに私事。の第八回公演の情報が公開された。名は“劇団私事。第八回虚実一身の地獄公演「怪問畸答―何ンデモ無ヒ―」”という。なんともモノモノしい表題だ。これは小説家、夢野久作による短編小説集『少女地獄』から「何んでも無い」を原作として用いている。夢野久作は日本探偵小説における三大奇書『ドクラ・マグラ』で有名なアノ人だ。希代の怪奇作家である。○いくつかの事情により、いつもの公演より非常に早い情報公開になる。本番まで4ヶ月以上もあるが、早くて不都合はないだろう。お陰さまで前回は満席御礼だったので、今回は全4回公演だ。平日もある。ぜひ、今からでもスケジュールに組み込んでほしい。○本公演に向けて、この日記でもいくつかのより楽しむための記事を掲載しようかと考えている。公演のみを楽しみにしている人は特別読む必要はないが、ぜひそちらも楽しみにしてほしい。私はこの公演が私事。の最高の公演になることを確信している。ステキに愉快な公演だ。それでは、私事。の第八回公演、幕開けである。 PR
12 February 二月十二日 ○今日は祝日明けで仕事も忙しく、私事。の活動日でもあったので、脚本は休んでブログを書いて寝るぞ。決してここの存在を忘れているわけではないアピールにもなる。月一更新が続いているが、決して月刊ではない。あくまで、たまたまだ。○私事。第八回公演に向けて徐々に動き始めているが、公演は夏ごろを予定している。情報公開はまだ先だが、そう遠くない日であることは間違いない。今はその準備段階だ。今日は公演タイトルからチラシデザインに及ぶ全体の方向性について話し合った。○公演のタイトルはどのようにして決まるのか。私は他の脚本家、ないしは団体がこれに対してどうしているのかに興味がある。では、私の場合はどうか。※私事。の過去作品情報を見ながら読むとより楽しめる。(http://gekidanwatakushigoto.web.fc2.com/kako.html)①既成脚本のタイトル:第一回がそうだが、これについて語ることはない。②モチーフの都合で決まる:第三回「御伽草紙」、第六回「最後の審判」がそうだ。第三回は太宰治「お伽草紙」のパロディ作品だ。第六回は話の根底にある詰め将棋作品「最後の審判」を底から掘り起こさなければならなかった。③モチーフにあやかる:①と似ているが違う。第二回「則天八転」がこれにあたる。話の筋や主人公の妄想に夏目漱石の「こゝろ」を使用した作品だったので、夏目漱石の晩年の思想である「則天去私」にあやかって考えた造語だ。④過去作に関連付ける:第五回「五徳喚者」がそうだ。これは第二回の主人公、花山の系譜の物語だ。(そのためチラシデザインも似せている。)言葉の意味については触れないが、前作に乗っ取って四字熟語で考案された。実は私は別のタイトルをつけていたが、それは制作からボツをもらっている。そういう意味で稀少なタイトルだ。⑤脚本の内容・雰囲気を表す:第四回「サイレンを踏み鳴らす」のことだ。甲子園のサイレンを鳴らしたくて書いたもので、要所要所で使った。脚本を書き上げてから決めたタイトルだが「踏む」という言葉を使ったので、円陣を組んで足を踏み出すタイミングでサイレンを鳴らす演出を取り入れた。逆輸入だな。第七回「ハナシの種」もこれに入るのかもしれないが、あれは短編集なのでまた別の問題を抱えている。⑥タイトル先行:タイトルに着想を得てから内容を考える。王道的パターンなのだろうが、私はこれが苦手だ。実際、私のストックの中にタイトルが確定している作品がある。私はこのタイトルが気に入っているので実現することを願っているが、表題に見合う内容を思い付いていない。○次回タイトルはどれに当てはまるだろうか。私は④に近い⑤だと認識しているが、前作があるわけではないことは明言できる。とにかく、きっとそのうちくるであろう情報公開の日をお楽しみに。
02 February 二月二日 ○先日、企画から本番まで2ヶ月半と駆け足で進んだストリーマ企画の旗揚げ公演が終わった。とにかく時間が足りず、宣伝も遅れ、不安がいっぱいだった。しかし、予想以上に観に来てくれる方がおり、企画の第一段としては良い結果になったと思える。○改めて、ご来場頂いた方をはじめ、客演、スタッフとして尽力頂いた方々、月潟稽古場の方々に厚く感謝申し上げます。本当にありがとうございました。○終演後、早々に解散し、打ち上げは月末の予定なので、熱の冷めないうちに振り返ろうかと思う。振り返ろうかと思うが、個人的な反省点ばかり出てくるので、アンケートやSNSなどで見かけたものに触れながらいくつかに絞って考察する。○結果として、今回の「TON TON」は自己紹介を大いに含んだ公演となった。特に山日さんと私は、ゼラチンズと私事。で活動しており、そこでの色をそのまま持ってきた形だ。扉という存在で繋ぎながらも、三人が互いに三人の脚本に干渉しないので当然の結果だ。とはいっても、これではそれぞれの脚本を楽しむことはできても、全体を楽しむことは難しい。この形式を活かしながらより濃度ある構成を考える必要はあるだろう。○受付に立ったり、アンケートを読みながら感じたことだが、三人の脚本家を立てたこの企画の利点として、それぞれのお客さんが一同に会しているため、私事。の公演ではお会いしたことのない方が私の芝居を観てもらえる点(もちろん同様のことが役者にも言える)がある。まあ、根強いファンは(特に山日さんに多いが)贔屓の人の感想のみで悔しさはある。それでも、観てもらえるのは嬉しい。これを機会に、私事。の公演に足を運んでくれれば尚更である。○演目順に対する不満は大きかった。最初が山日さんのコント二本だったので、多くの方をコント公演と勘違いさせてしまったようだ。正直なところ、テクニカルな都合があったのだが、観客には関係ない。各々が自分の脚本演出にいっぱいいっぱいだったので、最後まで繋ぎに手を出せず、一番スムーズに進行できる手順をとってしまった。「ハナシの種」でも悩んだが、短編集の場合、演目順によって第一印象から余韻が大きく変わる。分かっていながらも手を出せず仕舞いに終わってしまったのは申し訳ないとしか言えない。○まあ、このくらいにしておこう。続きは打ち上げで。とりあえず私は目下、私事。の第八回公演脚本を執筆するのだ。